[真作]:貴重!希少!/[楢林栄哲・來(山偏に來)山]/蘭方医/佐賀藩医/楢林宗建の父/シーボルト 2024

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貴重!希少!/[楢林栄哲・來(山偏に來)山]/蘭方医/佐賀藩医/楢林宗建の父/シーボルト
本紙=縦1400×横212mm 紙本
以下は、息・楢林宗建の事績です。日本大百科全書(ニッポニカ)の解説 楢林宗建
ならばやしそうけん
(1802―1852) 蘭方(らんぽう)医。佐賀藩医楢林栄哲(高連)の二男。栄建の弟。長崎大村町の佐賀藩医役宅に生まれる。名は潜、通称竜馬。字(あざな)は孔昭、号は和山・得生軒。諱(いみな)は高房。初めオランダ通詞であったが、シーボルトが商館医として来日した当初、楢林家において一般患者の診療や日本人への医学教授を行うことが許されたこともあり、兄とともにその影響を受け医学を目ざした。シーボルトが鳴滝(なるたき)塾を開くと入門、逸材とうたわれた。1827年(文政10)佐賀藩医。1840年(天保11)勝山町へ移り、兄栄建が京都へ移ったあと家督を相続し、佐賀鍋島(なべしま)侯御側医(おそばい)格となり、同侯に海外事情を伝えた。1847年(弘化4)藩主鍋島直正(なおまさ)(閑叟(かんそう))の命を受け商館医モーニケと相談、牛痘痂皮(かひ)をジャワから取り寄せ、1849年(嘉永2)息子建三郎ほか2児に接種して成功、漸次広めた。日本での種痘の始めである。豊後町に医塾大成館を開設。著作に『牛痘小考』『楢林煉膏』『得生軒宝函』がある。[末中哲夫]

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